2016-01-28


ついにパソコンが初期化により復活したのですが、
月末にかけて家族旅行に出ております。
「あっ、ブログ!今月もう一回は書くつもりだった!」と機内で思い出し、
また今回も手で書きおこしました。

ヨガクラスで躾の話をしておりました。
教育関連の書籍を何冊か書かれている岡本夏木さんが、
しつけの語源について着物の「仕付け糸」からのルーツをお話されています。
それを目にして以来、ヨガも仕付け糸のようだといつも思い出します。

仕付け糸は型を保つためになされる仮止めの役目。
本来の型が無理なくその方向性を取り込んだならば、抜き取られるものです。

ヨガも
自分に無理なく浸透する為に、方向性を示す役割をします。
アライメントを重視するタイプではアーサナにおいてもそうですが、ことさら心のヨガにおいて。

2月7日の哲学講義も
何かを覚える為でなく、
方向性を取り込む為に。
リラックスしてご参加下さい。
私もとても楽しみにしています。


NAMASTE
あゆ
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2016-01-20


今年初めてのブログ、またまたスロースタートです。
パソコンがWindows10のインストールでぶっ壊れ、
修復に格闘して遅くなりました。言い訳ですが。
それで結局まだ直っておらず、そろそろブログ書かないとと思い、
初めてキーボードを使わずペンで文章をおこしております。

昨年のクリスマスに
糸井重里さんの「ほぼ日手帳」をプレゼントにお願いしました。写真のがそれね。
ほぼ日の特徴のひとつは1日1ページのスペースがある所。
強制ではないけど、日記が書けます。
友人が「ついにほぼ日にする〜!」と言ったので便乗したのですが、
私はろくに日記を書いてこなかった人生。
一大奮起で始めましたが、案外苦なく続いております。まだ1ヶ月経ってないですけどね。

とはいえ無理なくやれているのは、ヨガの影響が大きいです。ヨガしてなかったら昔のままやる意味ないと思ってた事でしょう。

以前もブログで書いてますが、
内側のアウトプットはヨガの大切な側面。
書く行為の効果は絶大です。
とはいえ気をつけたいのは、湧き上がる心をできるだけ加工なく書きたい、という所。
だいたいカッコよく文章にまとめちゃうのがオトナとしての心情。
言葉も選んでしまうことが起こりやすい。
もし加工してる自分に気づきながら書けたら、そこがヨガ。

さてこの文章、キーボードの方が明らかに早いから書くのにどれだけかかるか心配してたのですが、あまり差はないようです。
たまにブログも紙におこそうかなあ。
ただ思ってることをそのまま書き連ねるのは、もともと汚い字が際限なく汚なくなるのであります。
そう、日記も汚すぎて・・・おかげで他の人に読まれる心配がない(笑)

今年もよろしくお願いします〜!

NAMASTE
あゆ

2015-12-28

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早いもので今年もあと少しとなりました。
ブログとしてはさらに頻度が落ちた微妙な一年でしたが、
なんとか続けております。
少し前にお知り合いが久々にブログをのぞいたらしく、
「まだブログを続けていたなんて!情報弱者のあゆさんが!」と
驚かれました。フクザツ(笑)
勢いはないですがやると決めたら案外続けたりするのです。
あ、なんか私のクラスの持ち方も似ている気がする・・・。

今年も本当にお世話になりました。
数人の敬愛する師匠たちの導きが、よりはっきりと強固になり
私がヨガで何をしたいかということが数年に渡ってクリアになり続けています。
充実感について語ることはほとんどないのですが、年末なのでね。
ことさらティーチングについては
先生になって初めてといっていいほどの
生徒さんにしっかり向き合えている感覚が訪れています。←おそっ
クラスに来てくださってる皆さんが読むと、は?そうなの?と思うかもしれませんが・・・。

そして、なんといっても日々を共に過ごしてくださっている生徒の皆さん。
昨年も同じ書き出しで感謝を述べた記憶があるのですが
年を経ることに、皆さんとの絆や互いに変化する様を
本当に感慨深く感じています。
人生に起こる大きな節目に出会ったり
ライフスタイルが変わる様子を
ヨガの繋がりを通して見続けることの
なんとも、嬉しいありがたいお付き合い。

元々人付き合いが大好きな訳ではなかったのですが
やはり人の喜びは
人とのつながりでいくらでも大きく広がるものだと
思い起こされます。

このブログを読んでくださっているすべての皆様に感謝致します。
今年はどんな一年でしたでしょうか。
泣いて笑ってケンカして、どんな時も味わい深い一年の1ページでありましたことを。

良いお年をお迎えくださいね~!


NAMASTE
あゆ
2015-12-16

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手袋のお話をブログとクラスでしていましたが、
続きを少し。

久々に茶道の師匠のことを。
茶道のお点前もレベルが上がるにつれて
微に入り細に入り、作法が複雑になってきます。
複雑というか・・・それぞれの所作がより丁寧になる、とも言える。
それを師匠がこう表現されていました。
「お点前は、難しくなるのではない。
本来はこの丁寧な所作がそれぞれのお道具に対してなされるべきもので
シンプルなお点前はそれを簡略化しているということ」
前回のブログで取り上げたヨガのテーマを学んでからは
よくこの言葉を思い出します。

なるほど師匠の茶道のお点前は。
入門したての方もできるシンプルなものであっても、全然違う。
なんとも趣深い、しっとりとしたお点前をなさる。
理想的な軌道を知り尽くしたようで、かつ自然なリズムと流れ。
それは
本当は奥に秘められた丁寧な所作を
どうシンプルにしたか、という過程を知っているからこその重厚さ。

物事を荒く大きく捉えている時には見えない
深遠な意識や意味を
学ぶほど、回を重ねるほど、感じられるようになるものです。
ヨガも本当にそうで
どんな技法も、難易度の高さや低さで見るのではなく
繊細さが深まり、また伴って心地よさもどんどんと深まっていきます。
もし心地よさが伴わない場合は、
精神的な別のコンセプトが妨げになっている可能性がありますが。

心のヨガも同じ。
自分の内側により繊細に光をあて続けること



NAMASTE
あゆ
2015-11-29

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友人が子供とおそろいの手袋を編んでくれるというので、
毛糸をもとめました。
といってもその友人のオススメのもと。

太さや質感、染めの自然な風合い、
同じ品番でも出方の違うグラデーション、
諸々とても良いのだ!と語る友人。
言われてみると確かに、ね。
毛糸の世界も奥が深いらしい。
とはいえ編み物をしない私にとっては
彼女の熱さほど強い実感はないのですが。

彼女は、毛糸の玉を見てイマジネーションを広げ、これがいいんじゃない?という。
私は、出来上がった彼女の手元の手袋たちを見て、こんな感じがいい、という。

私が毛糸の玉を見ると
綺麗ね~とは思うけど
あくまで毛糸の玉です。
出来上がりを見るチカラ、広がりを楽しむ力量が、ない。

時には微に入り細に入り、
時には成り立ちや歴史に関わり、
時には日々見て触って使って、慣れ親しむ
関わりを深めて見えてくる微細な世界はとても楽しい
それまで見えなかった所が見えてくる

細かい視点で見つめられるようになったとしても、
また大きな視点でも見つめる
そのピント調整を自在にしたいのです。
なぜなら個人的な楽しみの中では、細かさは際限なくても構わないのですが、
人とのかかわりの中では
どのくらいのピントで見るかのチューニング作業が大変重要になってくる。
細かい視点が出てきたあとの、さらなる意識がその行き来を自在にします。

ところで私が自分で編み物をする日は・・・・今のところは来なそう。
編み物に関しては、詳しい友人に任せることにします。


NAMASTE
あゆ


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Author:ganesha7
ヨギーニです。少し活動中。

アヌサラインスパイアドクラス
毎週土曜日AM9~10:10

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