2012-01-24

アディカラをコミュニケーションに生かす

札幌に戻って来てかねてから、お会いして話を聞いてみたい方がいました。
残念ながら(?)ヨガの方ではないのですが。
あるお店を経営している会社の副社長なのですが
先日、その会社の方とゆっくりお話できる機会があり。
ついに恥ずかしくも彼女のファンだと気持ちを伝えてしまいました。

その方の、模索や苦労、経営上の信念などを社員の方の目線でお話頂き、
やはり一度お会いしてみたいと思った次第です。

実は以前より、今年もしくは来年あたりに
数年来の思いを直接アプローチしようと思っていました。
まだ叶うかわかりませんが、ご本人と直接お話して考察を深めたいと思っています。
やってもいないのにブログに書くのは微妙なのですが。フライングです。
彼女は多分ヨギではないのですが、とてもタントラ哲学的な発想を持った方で
自身の分野で疑問と熟考を重ねるその姿勢には学ぶべき点が沢山あります。

その方は十代の頃からついた師匠の道を数十年実践した後、
結局は別の結論を出されました。

そんな彼女が師匠についてこう述べています。
「現在は環境も変わり、新しい時代に即応した在り方が必要になってきています。
師は誰よりも固定観念を嫌う人でしたので、今の時代にご存命では、
おそらく同じ事(彼女が選ばなかった師の教え)はやっておられないと思います。」

学ぶ姿勢とは。
すばらしいアディカラ(生徒としての資質)です。
師への敬いは、相手の技術を見るのではなくその方の本質へ向ける愛にあります。

どのような関係も同じことが言えます。
親類、恋人、友人、師弟、同僚、
表面に現れている物理的な事を重要視すると、
つきあいも物理的な変化と共に玉虫色に変化します。
環境やライフスタイルが変われば途切れる関係もある。
皆さんも経験があると思います。

相手を敬い、内側の本質を見ようとすると
そこには愛が存在します。
すべての関係にそれぞれの形の愛があります。
その自発的な鍛錬は
ヨガの哲学を学ぶ中でもなされていきます。



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あゆ
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2011-11-14

何度も感動する事が感受性を高める

ブログを書いている理由のひとつに
クラスで話しきれなかった内容の補足をしたり、あらためて文章でお伝えする、
という目的があります。が、
最近は全くクラスでの小話(笑)とリンクしていませんでした。
久々に11月12日のクラスでお話した
何度も感動を重ねる事について書きたいと思います。
実は以前もブログでとりあげているのですが、
ブログもなんだか長くなってきて、
過去のものを見るのは自分でも大変です・・・。
タイムリーにお伝えする為にまた書いてみます。

物事の感じ方は人によって違いますよね。
育った環境、年齢、性別、自分と同じ人はふたりといません。

クラスで食べ物を例にとりあげましたが、
たとえばおなじリンゴを食べても、人によって感動が違う。
ある人はただリンゴをたべた、と思うかもしれない。
またある人は、香りがよくてフレッシュで、酸味と甘みのバランスが素晴らしい!
としみじみリンゴを堪能するかもしれない。

おいしいのはリンゴ?
ではなく、おいしいと感じられる感性にあります。

どんな物事も、感じる側の感度によって浅くも深くもなります。
感慨深く感じることができる
愛でる事を楽しむ
感動が内側から湧き起こる
何度も何度も感じた経験があるからこそ、より深まる感動。
新しいものに出会う感動とはまた違う、重ねた感動によるしみじみした感じ。
そうなんだよなぁ~って、内側からじわーっとわきでるような感動。
みなさんも、ご自身の好きなものたち、
食べ物、物事、音楽、芸術、景色、
様々な分野に経験があると思います。

同じ音楽を聞いても5分後、ニューロンは同じ光り方をしないそうです。
脳の中で同じ状態は二度と起きない。
同じものを見て聞いて、同じ感動を楽しんでいるようでも。
経験値のように、感動も重ねるほどに感動値が変わる。

その感覚に目をむけて、もっともっと深めていく事。
感動できるものごとや引き出しが多い方が・・・人生も楽しいですよね。

そして、感動を重ねる事でより内側の幅が広がるなら。
体の成長が止まっても心の枠はいくらでも広げられる。
どんなに年齢を重ねたって、死ぬまで感受性を深めていける。
いくつになっても人生は楽しめるんだって意欲が、湧いてきますよ、ね。



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あゆ

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2011-06-20

広さより深さ

ブログについて時々文章を褒められることもありますが
実は活字下手で、
文章を書くことも他人の文章を読む事も、全く興味がなく最近までおりました。
まぁ、書く方は相変わらず興味があるわけではないのですが・・・。

勉強や仕事、ほしい情報の必要さだけでしか、本を読めなかったんです。
教養を得たりノウハウや仕事に必要な知識を取り込むツールとしてしかみれない。
だから小説の類はてんでダメで。
友人などに勧められて時々ベストセラーなんか読んでも、気になるのは結論ばかり。
「で、どうなるの?」っていつも思いながら読む。
物語の根幹に関わらなそうな段落はついに飛ばしちゃったり。
こんな調子ですから、だからといって結論に達したところで、
全く楽しさなんてないんです。

そんなこんなで、本は何らかのハウツーや情報を得る手段でしかなかったですから
自分は情緒的な楽しみ方を本ではできない、と諦めていました。

それがだんだんと。
文章を構成する言葉の選択にその人らしさや想いのタケを感じるようになってきた。
ある有名な脳科学の先生が
本を読むということはその人の脳を覗くようなものだ、と言っています。
あきらかにヨガの影響です。
人の視点の違いや捉え方により興味が出て、もっともっと知りたくなってきた。
直接顔を合わせられない活字の世界の中でも。作られた物語の中であっても。
今更なんですけどね~(泣)

人生は、新しい事を取り込もうとするばかりが発見ではない。
自分が深さを見出せなかった分野や物事。
スカスカに骨組だけ見ていたものが
実は色気や丸みを帯びている(笑)ことを感じだすと、
見えているつもりだった世界に意味や深さを発見できる。

これはタントラの精神でも大切にされるキーになる部分です。
そして、だから人生はオモシロイ。
こどもの頃のように新しい経験や発見が近くに沢山見いだせなくなってきても。
深さを見ることは、すぐそばの日常にまだまだ転がっているかもしれません。



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あゆ
2011-06-02

ヨガの、慣れと飽き

ある友人とダイエット話をしていました。
彼女は「ビリー・・・」や「コアリズム」や「モムチャン・・・」など、
数々の流行りものを実践してきたツワモノ。
しかもそれぞれのメニューを、毎日実践し、年単位に続けてきました。
流行りものをナメているのに(?)継続力がある!笑
でも、どれも年単位でやるんだけど、やめるんですって。

ヨギの目線からすると、
毎日実践できる継続力があれば、何に勝るものはないと思うのですが
どうしてやめちゃうの?
継続のリズムや内側の安定がクセにならないのかしら。
理由を聞きました。

理由は、
まず、ダイエット目的なので減量における停滞期がくると、モチベーションが落ちやすい。
体重が落ちなくなると、興味がなくなる。
そして年単位で長くなってくると、
内容に慣れが出て「あと少しで終わる」と終わることばかり頭によぎる。
そうなるともう、やめ時(笑)

なるほど。
ヨガと決定的に違うのは、やっている最中に意味があるのでなく
やった後に得られる結果に意味があるから。

うーん・・・。考えさせられました。
ものごとを継続する事で得られる本当に偉大なものは、
具体的に意識していかないと気付かれないことすらあるのですね。

そして、継続する事の落とし穴もあります。
繰り返し行い、悪い意味での「慣れ」が起こると?
ただ型を繰り返す、脳が「飽きてる状態」が訪れる。

これはヨガでもあり得る事です。
特にヨガは繰り返しの中に深い啓示を見出したりするものだから。
繰り返しは様々な技術や場面で、何度も訪れる。
もしヨガに新鮮さを求めていたら・・・たぶんヨガをやめる日がくるかも(笑)

ヨガでは、
型を追う中に、意識や集中が必要なのはもちろんです。
瞬間的にはそういうことですが、
「型を追う事をし続ける事自体」には、
強い意志力・意味が伴ってなければなりません。

意識や集中は、その瞬間瞬間に宿るものですが、
意志力や意味は根底に流れる自分のベース。
そこにヨガの根幹があります。
意志力の大切さ、意味を学ぶことが、哲学の中でなされていきます。



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あゆ

2011-03-09

柔らかさは心を開くことから

数回前に、東京のアヌサリアンの来札のお話をしました。
しつこいですが(笑)、また彼の話を。

その方は、とてもディープなアヌサラファンで、
同じトレーニングを先生を変えて何度も受けたりされている方。
アヌサラは同じトレーニングでも先生によって哲学的な切り口が異なり
毎回とてもおもしろい体験ができるので、気持ちはよくわかるのですが。
また、特にアヌサラヨガに傾倒されてますが
お話を伺うと、そこにたどり着くのに他の流派についても様々に経験されていました。

私がとても感心したのは、
自分の足と体で、見て感じて体得していくエネルギーと探求心。
東京に住んでいた頃、私も同じようにヨガの輪郭をつかもうと
手を変え品を変え、いろいろと学びました。
時にその探求欲を高尚なヨギ数名から注意もされました(苦笑)←流派によっては、です。

で、彼に感心したというのは(しつこい)、
彼はたぶん、お年を伺っていないのですが、
私よりも15年くらい?人生の先輩。
そして医学の分野で専門的な研究をし続けている方。
ヨガに興味を示されたのは、40歳をすぎてからだと思われます。

強いシュラッダーをうけました。
やわらかく、キラキラしたやつです。
年齢に臆することなく、
自身の遠すぎない専門分野の知識と戦わせず、
ヨガとは何かをつかもうとするやわらかさ。
それには開かれた心が必要です。
そして人生の後輩からも学ぼうというフラットな精神。
私もこうなりたいなぁ、と敬意を感じました。

探求欲や知識欲は、年齢と関係のないもので衰える事はありません。
むしろ歳を重ねていくにつれ深みや丸みを増し、貪欲になるものかもしれません。
自分以外の物事、新しいものに心を開くことは、
心が柔らかくなることにつながっていく。

ヨガがその入口になることがあれば、より嬉しい限りです。




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あゆ

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Author:ganesha7
ヨギーニです。少し活動中。

アヌサラインスパイアドクラス
毎週土曜日AM9~10:10

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