2013-09-04

仁木
仁木町にある友人のご両親の畑での一枚。
蝉の抜け殻があちこちに。すぐ手が届く、丈の低いバラの葉の裏にまであります。
夏の終焉を感じます。

農家ではなく、夏場だけ小さな家に寝泊まりしながら趣味で畑をされています。
野菜をいつも頂くのですが、
人生のベストトマト、ベスト長ネギ、ベスト人参etc、がこの畑。
群を抜くおいしさの野菜ばかり。

農法にこだわった野菜は普段から食べる事がありますが、
なぜ特段に甘く、香り深い野菜たちなのか・・・。
訪れてゆっくり聞いたのですが、結局はよくわかりませんでした(笑)
ご本人たちも職業ではないので、手探りで作り続けて10年。

ただ、うちの果菜類とは、ぜんぜん違う~!
ミニトマトはミニの域を超えています。いや、大玉も。
全てが全体的に大きい。
市場に出回る基準で考えると逆に規格外になってしまうと思います。
でも大きくても、日照の強さが落ちて色が薄めの野菜も、
味はびっくりするくらい甘く、深い芳香です。

彼女たちは夏場
朝日の差し込みで目をさまして太陽と共に一日を終える。
時計はほとんど見ないという。
見晴らしのよい丘を下って帰る時、
本当に小さく見えなくなるまで手を振ってくれる。

自然の流れを感じながら生きるのは、自分にスペースを作ってくれるもの。
日常で触れ合う生き物が人間だけになってしまうと
見えている世界が小さくなることがあります。
そこに問題や悩みが加わった日にはも~う、
目の前もよく見えない、自分の考えの世界に入り込んでしまう。

人々だけでなく、動物も植物も同じように‘’対話しよう‘’と感じながら生きると
自分が見ている世界の外側に、大きなのりしろがくっついて
スペースが広がる。
すると世の中の大きさをより感じて、ちっぽけな自分に気づく。
ちっぽけを知るのは大事。
がっかりでなく、ほっとするんです。
旅に出ても同じ効果がありますよね。
自分の小ささを知るのは、暴走したエゴをしぼませるとてもよい方法です。

・・・な~んて深く考えなくとも、
ただ人以外の生き物と、対話するように触れるだけでよいのです。
動物も植物も

謙虚さとはへりくだることでなく、
自分は大きなものの一部である事を知ること



NAMASTE
あゆ


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